ウィリアム・モリスの名作カーテンいちご泥棒とは?

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カーテンでも人気!偉大なるデザイナー『ウィリアム・モリス』とは?

ウィリアムモリス

ウィリアムモリス 

モダンデザインの父として知られる『ウィリアム・モリス』(1834−1896)。

美しいアート、家具やステンドグラス、カーテンや壁紙などモリスの作品は、150年を超えた今なお、多くの方々に愛されています。

こだわりのあるモティーフ、その組み合わせとバランスの良さ。すっとした輪郭から生まれる透明感。彼が描く植物の図柄からは「独特の生命の息吹」を感じるでしょう。

ウィリアム・モリスが生んだ平面デザインの魅力は、力強い命、…そう、『命』そのものではないでしょうか。

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英国では記念切手に

まず、ウィリアム・モリスとはいったいどんな人なのか、彼の半生を追ってみましょう。

1834年、日本では新選組の近藤勇が生まれたその年、ロンドンの証券業を営む裕福な父親の下に生を受けます。

モリス6歳の時、父親はロンドン北東部のウォルサムストーのウッドフォードに50エーカー(61208.7坪)の土地を手に入れ、贅沢な邸宅暮らしが始まります。

しかし、モリス13歳の時に突然父が他界してしまいます。それを機にウッドフォードの邸宅を手放し、家族は、現在の地下鉄・NRウォルサムストウ・セントラル(Walthamstow Central・ヴィクトリア線)駅から徒歩15分ほどの位置にある小さな家へと移り住みます。

小さな家、と言っても約1744年に建造されたジョージア国内の建築物で、後の1950年に、クレメット・アトリー首相によって『ウィリアムモリスギャラリー』として開館された建物で、相当大きな建物です。

一部の空間は120名収容の結婚式場として使用できますから、元のウッドフォードの邸宅は、どれほどのものだったのでしょう。

そんな、建築空間に恵まれた育ちのウィリアム・モリス。彼の想う室内装飾は、我々の想像をはるかに超えていたのでしょう。モリスはこの家に22歳まで暮らします。

世界で一番美しい家と呼ばれる建物 RED HOUSE を創る

成長したモリスは、聖職者になることを志してオックスフォード大学に入学。父親の死後、大邸宅は手放しましたが、それでも父親の遺産は巨額だったようで、成年になったモリスはその潤沢な資産を受けつぎます。

そして、友人エドワード・バーン=ジョーンズ(イギリスの美術家・デザイナーEdward Coley Burne-Jones 1833-1898)らとフランスに旅したことがきっかけで、芸術家を志します。

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世界で一番美しい家:レッドハウス

26歳のときに、イングランドのケント州ベクスリヒース(現在のベクスリー・ロンドン特別区)に新婚生活を送るための新居『レッドハウス』を建てます。

その設計はフィリップ・ウェッブが担当、家具、壁紙、カーペット、タペストリーなど内装デザインをモリスとその友人達で手がけ、独自の世界観を具現化。後にその家は『世界で最も美しい家』といわれるようになります。

モリスは建築を、民衆の歴史が刻まれた偉大な芸術、ととらえ、その独特な装飾芸術の道を切り開いていきます。

つつましく生き、誰の記憶にも残らずに消えてゆく「民衆」たち普通の生活・労働を通した、彼らの「生きざまの集積」のなかにこそ多様な「美」があると考え、それらを表現する手段を平面デザインの中に、表面装飾として見い出していきます。この思想がのちに『アート・アンド・クラフツ』へとつながっていきます。

その装飾を具現化するべく、レッドハウス新築を機に『芸術と仕事そして日常生活の統合』という理念を掲げた『モリス・マーシャル・フォクナー商会』を設立します。

商会設立の翌年の1862年、自身がデザインした作品『デイジー』の刺繍の壁掛けが『万国博覧会』で金賞を受賞。それ以降、目覚ましい活躍を遂げてゆきます。

モリスの考える『アート・アンド・クラフツ』

ヴィクトリア朝時代、産業革命の結果として、世には大量生産による安価で粗悪な商品があふれ出しました。

モリスは、そんな粗悪品が溢れる世を批判し『中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一する』ことを主張、その運動と連動しながら『モリス商会』で経済活動も巧みに繰り広げてゆきます。

1875年、41歳のモリスはモリス・マーシャル・フォークナー商会を買い取り、単独で「モリス商会」を始めました。2年後にはオックスフォード通りに店を構え世に知られるようになります。

モリスの『アート・アンド・クラフツ』は、日本においては思想家で文化功労者である『柳宗悦』(柳宗理の父)や、益子焼の陶芸作家で人間国宝の『浜田庄司』らにも影響を与えたようで、実際彼らは海を渡ってレッドハウスを訪ね、美の捉え方について異論を唱えるなどの記述が残っています。

『いちご泥棒』という名作

ウィリアム・モリスは、こうして創作活動と経営の双方をバランスよく成功させ、後世にロングランで愛される作品を多数残すという功績をおさめてゆきます。名実ともに素晴らしいデザイナーでありながら事業家としても成功をおさめます。

多くの作品のなかでも、そんな彼の最盛期の作品に『イチゴを育てる農民が鳥にイチゴを啄まれてしまうという小さな悩み』の世界観を描いた『Strawberry-Thief(日本名=)いちご泥棒』があります。

日本でも大変人気な商品で、プリントされた布地や織物として織り上げられた布地など、カーテン用にあつらえることができる、さまざまな商品があります。

いちご泥棒

ウィリアムモリス いちご泥棒 画像提供:川島織物セルコン

特に日本の織物技術でそのデザインを織り上げたカーテン用織布は美しさ際立つ作品となっています。プリントの風合いとは異なり、空間を重厚に引き立たせてくれる逸品です。

この作品には、『本当は種類の異なる鳥であったところを、ツグミに替えてデザインした』という説と、『イチゴをついばみに来たムクドリを描いた』という説があります。

フルーツ

ウィリアムモリス フルーツ 画像提供:川島織物セルコン

150年という歳月を経て、なお多くの方に愛されるウィリアム・モリスの作品。オールド・モダンデザインを好む方、彼の作品をカーテンやクッション、椅子張りの布地としてご自宅に取り入れることで、『アールヌーボーを感じる空間』を楽しまれてはいかがでしょうか?





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