被災地復興で強まる光と影 仮設住宅で阿波踊り2017

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東日本大震災の発生から6年以上が経過した今、被災地の中には復興が目に見えるかたちで進んだ場所があります。そうした地域では、災害公営住宅の建設などが進み、復興に向けて新たなステージを歩み出している方がいらっしゃいます。しかし、その一方で、そうではない地域もあり、そこでは未だ応急仮設住宅(仮設住宅)などでの不自由な暮らしを余儀なくされている方々もいらっしゃいます。また、復興が進んだ地域であっても新たな問題に直面する人たちがいます。それはまるで震災復興の光と影のような感じです。

私は、2012年から「仮設住宅で阿波踊り」と題したシリーズとして、年に一度、宮城県名取市閖上地区の状況を「美田園第一仮設住宅」(以下、第一仮設住宅、全128戸)で避難生活を送る方々の様子を通じ、被災地復興の様子を定点観測的に紹介してきました。

仮設住宅の入居者はピーク時の2~4割に減少

この仮設住宅は、埼玉県越谷市に本社を置くポラスグループが建設したもの。同社はJR南越谷駅周辺で30年以上行われている阿波踊り大会に関わっています。仮設住宅建設を縁に、地元の南越谷阿波踊り振興会が主催するかたちで、阿波踊りによる慰問を2012年から年に一度行っています。2017年も4月の中旬に実施され、私も同行しました。

災害公営住宅

被災地では、災害公営住宅などの建設が進んでおり、すでに新たな暮らしをスタートしている人たちもいる(クリックすると拡大します)

さて、被災地や被災された方々の現状について整理しておきます。河北新報の2017年2月27日付の記事によれば、「被災3県で東京電力福島第1原発事故の自主避難者を含めて3万3748世帯、7万1113人が仮設住宅での生活を余儀なくされている」とのことです。

仮設住宅の入居戸数は、「(今年)1月末時点と、震災発生1年後の2012年3月の比較で2~4割台に減少している(ただし、福島は公営住宅、民間賃貸に入居する自主避難者は含まれていないため、実際の世帯数と人数はさらに多い)」といいます。

このうち宮城県では、「(仮設住宅は)ピーク時の2割程度で、2017年度末までに災害公営住宅の99%が完成し、2020年度に仮設住宅の解消を見込む」とされています。

一方、復興庁が発表した「東日本大震災被災者向け災害公営住宅及び民間住宅等用宅地の供給状況(2017年2月末時点)」によると、災害公営住宅の建設は計画(3県)の30108戸のうち23846戸で進捗率は79.9%、民間住宅等宅地の開発は計画の19385戸のうち11892戸で進捗率は61.3%となっています。

これらは住まいや暮らしの復興がかたちの上では本格化していることを表します。様々な場所で実際に集団移転用地や災害公営住宅などの新たな暮らしの場が完成し、入居も始まっているのは事実です。第一仮設住宅の周辺でも同様です。

住宅再建が本格化した名取市閖上地区

その状況を説明する前に、改めてこの仮設住宅と、関連する情報を確認しましょう。この仮設住宅は名取市閖上地区にお住まいだった方々が避難生活を続けられている場所。同地区には5000棟以上の住宅がありました。

日本一の赤貝の生産地、農産物ではセリの名産地としても知られた、漁業や農業を生業としながら、地域の方々が横のつながりを大切にしながら暮らしていた地域だったのです。

閖上1

2016年4月時点の閖上地区の様子。左上の写真は震災前の街並み(クリックすると拡大します)

上の写真をご覧ください。2016年4月に撮影したものです。左側に掲げられているのは、震災以前の街の様子を撮したもの。ここに津波が押し寄せ、結果的に964人(名取市全体、2014年3月末時点、行方不明者含む)もの尊い命が犠牲になりました。

これは日和山という約6mの高さの人工の山から撮ったもので、写真を掲げているのは地元にお住まいだった「語り部」と呼ばれる方です。現在、この周辺には東日本大震災の教訓を語り継ぐための施設が設けられ、訪れた方は無料で説明を受けることができます。

閖上2

荒涼とした様子の閖上地区(2012年4月)。奥には被災した住宅がまだ残されているのが見える(クリックすると拡大します)

上の写真は同じ場所で2012年の春に撮影したもの。ガレキはおおかた取り除かれていましたが、まだ被害の様子が生々しく残っている状況でした。では、その状況は6年経過した2017年春の時点でどうなっているかというのが下の写真です。

閖上3

日和山から見た閖上地区の集団移転先の様子(2017年4月、クリックすると拡大します)

奥には中高層建築物の施工現場があるのも確認できます。これは第一仮設住宅で生活されてる方々が入居する予定の災害公営住宅。周囲では現在、集団移転のための戸建て住宅も含めた建設工事が行われています。

土地そのものも盛土をして5mほどかさ上げが行われています。その造成工事のほか、住民合意の形成などにより、6年以上経ってここまでに至っています。周囲には小中学校や商業施設なども建設される予定です。

よくここまで進んだな、思う反面、復興の歩みは実に遅々としているとも感じました。というのも、阪神淡路大震災ではほぼ5年で仮設住宅が廃止され、新たな住まい、暮らしの場が整備されていたからです。

また、集団移転先の工事以外はかつての住宅地の基礎部分などが未だに残されていますし、道路などもまだまだ整備されていません。広大な荒涼とした土地がまだ残されておりおり、復興が十分に進んでいるとは言いがたい状況なのです。

6年目の被災地に明確化した新たな課題

とはいえ、6年という歳月は様々な状況の変化をもたらしています。例えば、前述した美田園第一仮設のすぐ近くにあった「美田園第二仮設住宅」は昨年廃止されています。

仮設住宅の空き住戸

美田園第一仮設住宅でも空き住戸が増えている。2018年5月にはここも撤去される計画だという(クリックすると拡大します)

2017年4月時点で第一仮設住宅には約70世帯130人の方々がお住まいとのことですが、自ら住まいを再建したり、賃貸住宅に移るなどした人がいるため、その中にも空室が目立つようになっていました。

新たな問題も浮上しているようです。それはコミュニティの喪失。集団移転先などの新たな暮らしの場では、被災前の居住地や、仮設住宅で培われた住民同士のつながりがなくなっているからです。特に高齢者の居場所がなくなっているといいます。

実は第一仮設住宅団地のすぐ近くに集団移転地があり、立派な戸建て住宅や災害公営住宅や集会所も整備されているのですが、例えば集会所で何か催しをするにも主導する人材がおらず、費用面からも継続的に催しを行うのが難しいといいます。

そのため、仮設住宅団地がその方々の地域とのつながりを促進する場として活用されているそう。仮設住宅には集会所があり、「お茶会」などの住民交流があるほか、行政などのサポート拠点になっているためです。

ただ今、その場所すら存続が難しくなっています。というのも、第一仮設住宅も来年5月に撤去されることになっているからです。

今後の大災害に向け教訓にしたい被災地復興のあり方

新たな生活の場ができるからといって安心というわけでもありません。災害公営住宅の家賃の仕組みなどは、阪神淡路大震災当時から変わっておらず、東北の被災地の現状に適していないからです。特に、高齢で一人暮らしの方は年金くらいしか収入がなく、災害公営住宅の家賃が生活の大きな負担になるため、先々の生活が心配、という声も聞かれました。

集団移転先

かさ上げされた土地の上に集団移転先の様子。マンションタイプの建物のほかに戸建て住宅が建設されていた(クリックすると拡大します)

例えば、高齢の方は子世帯と共に生活することで負担が減らせると考えられますが、そうなると世帯収入の関係から家賃が大変高額になります。ですので、そうした暮らしを断念せざるを得ないという話もあるそうです。

こうしたことは、行政の制度上の問題ですから、特例として家賃を軽減する方法が考えられますが、国や自治体などは前向きな動きを見せないそうです。このように、被災地では住まいという箱は遅まきながら整備されつつありますが、住民の不安は解消されていないというのが実情なのです。

ところで、東日本大震災は我が国史上かつてない広範囲、大規模な災害でした。その復興に膨大な費用と人材、アイデアが投入されてきました。例えば、仮設住宅のあり方もその一つ。震災後に約5万戸が建てられましたが、それが今や無用になっているというのは何とももったいない話です。

阿波踊り

阿波踊りの様子。参加される方々が年々少なくなり、高齢化しているのも気になるところだ(クリックすると拡大します)

一方で、前述のように2020年まで使用されることがある場合、それは仮設住宅の耐久性を大きく超えます。しかも、その居住性はそもそも良好なものではありません。仮設住宅のあり方が現状のままで良いのか、といった議論も必要だと思われます。

東日本大震災の復興のあり方は、今後発生が懸念されている大災害に向けて様々な問題意識を投げかけていると思います。国や自治体、そして私たち国民も含めて、杓子定規にならない新たな災害復興の仕組みづくりを模索しなければならないと私には思われました。

前述したように2018年は美田園第一仮設住宅が廃止されます。そこで暮らしていらっしゃる方々にとって節目の1年になるわけですが、笑顔で新居に移られることを期待して、来年もまた現地を訪れて、その暮らしの様子をレポートしたいと思います。

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