遺言では守れない 障害がある子どもの一生 – 日本経済新聞

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 障害などがあり自立が難しい子が、親の死亡後にどうやって平穏な生活を維持していくかという「親なき後問題」。今回はこの問題について考えてみます。

 かつては、障害がある子の親が自分の死後、支援者に子の面倒を見てもらう代わりに「私の財産を全部差し上げる」と遺言でしたためるというのがほとんどでした。しかし今は違います。家族信託という方法があるからです。「親なき後支援信託」と呼ばれる仕組みです。

■子どもの面倒の代わりに全財産を

 Sさんは83歳。知的障害がある50歳の子どもAさんを抱え、ひとりで頑張ってきました。しかし、足腰も弱りAさんの世話をすることが難しくなり、2人でY施設での生活を始めました。

 Y施設では皆、2人にやさしく接してくれました。Sさんが「これ以上良い人達はいない」と思い始めたとき、Y施設側から「少しでよいから施設に財産を残してください」という話がありました。Sさんには異存はなかったのですが、心配なのはAさんのことです。

 そこで、SさんはY施設の代表者に「私の財産は全部差し上げますから、子どもの面倒を生涯みてほしい」と申し出たところ、Y施設側から「Aさんについては一生涯面倒をみることをお約束します」という心強い返事がありました。Y施設の代表者の勧めもあり、Sさんはその内容を公正証書遺言にすることにし、最寄りの公証役場を訪ねました。

 このような内容の遺言は、かつてはよく作成されていました。しかしこの種の遺言は、命を預けている医師に「すべての財産を遺贈するので、しっかり治療を頼みます」という内容と同じです。

 法的に作成可能ではありますが、道義性や倫理性という観点からいえばいかがなものかという考えもあるのです。つまり、弱い立場である入所者に施設が遺贈のお願いをした場合に、入所者が断りづらい状況であること、また、妥当な報酬を受けてサービスを提供している施設が正規の報酬以上の金銭・物品を入所者から受けとることはサービスの公平性を欠く行為につながるのではないかという意見です。

 私の場合、公証人に任官した当初は「入所施設に全財産を遺贈する」という遺言を作成したこともありましたが、次第にそういった遺言の作成依頼に対しては丁重にお断りすることが多かったと思います。

■民法で「後継ぎ遺贈」は無効

 この種の遺言を作成する親の真の気持ちは「まず、遺産は子どもに相続させ、子どもの死亡後に財産が残った場合は、施設に遺贈したい」というものでしょう。これは、財産を受け取る人が次に誰にそれを渡すのかを最初の遺言者が定める遺言のことで、いわゆる「後継ぎ遺贈」と呼ばれるものです。実は、これは民法では認められていません。

 公証人がこのような遺言の作成を依頼された場合、無効な内容を含むものなので、公正証書では作成できないことはいうまでもありません。考えられる手法の一つが「負担付遺贈」です。

 遺言には「誰に何を遺贈する」というように法的に効力を持つ本文の他に、「付言事項」という文章を入れることがあります。「付言事項」とは通常、家族への感謝の気持ちや葬儀の希望など、遺言者から残された人へのメッセージが入ることが多いです。

 私は公証人時代、付言事項については効果がないものとみていました。相続人にとっては聞き流してしまうような内容のものも多かったですし、読み方によっては本文と整合性が取れなくなり、相続人同士の争いのもとになることがあったからです。

 Sさんから遺言公正証書の依頼を受けたN公証人の事例を紹介しましょう。

 N公証人はSさんからの依頼を受けましたが、「後継ぎ遺贈の遺言は作成できない」と断った上で、遺言の本文には「全ての遺産をY施設に遺贈する」と書き、付言事項に「受遺者Yは遺言者の子につき一生涯その生活の面倒をみること」としたためました。

 専門家や金融機関の遺言担当者の中には「付言事項は残された人の心に残る大事な言葉です」と強調したり、その重要性を訴えたりする人も少なくありません。N公証人も付言事項をもって足りると考え、このような遺言公正証書を作成しました。

 しかしこれは、後に問題視される対応でした。

■法的効力を持たない遺言

 遺言で「負担付」の部分を付言事項で記載しても、それは法的な効力を持たないからです。

 N公証人の遺言公正証書は、相続人から無効を主張される可能性が高いでしょう。現に、同種の遺言公正証書が「錯誤」を理由に無効になった例もあります(2015年3月23日さいたま地裁熊谷支部判決、控訴後和解)。

 「負担付」の部分は当然、付言事項ではなく遺言の本文に書くべきものです。一般には、「遺言者は次の負担を付して遺言者の有する一切の財産をY施設に遺贈する。」「(負担の内容)Y施設は遺言者の長子Aの一生涯の生活を面倒見ること」と記載されることになります。しかし、「負担付」の部分が本文に記載されたとしても、私はいつも「記載された負担は本当に履行してもらえるのだろうか?」と心配をしていました。

 よくあるのはこのようなケースです。父親が「長男には自宅及び金融資産を他の相続人より余分に相続させる。その負担として、相続させる自宅に遺言者の妻を住まわせ、生涯生活の支援を行うことを義務付ける」という内容の遺言を作成するケースです。

 長男はしばらくは母親の面倒は見るものの、そのうち生活の支援をやめて母親を他の弟妹に引き取らせ、義務を履行しないという例があります。負担付遺贈によって受遺者(相続人)が負担した義務を履行しない場合、他の相続人は、相当の期間を定めて履行の催告をし、その期間内に履行がない場合は、その負担付遺贈にかかる遺言の取り消しを家庭裁判所に対して請求することができます。しかし、こういうケースでは「母親が同居を拒んで家を出たから履行不能なのであって義務違反はない」と主張することが多いのです。

 説明をもとに戻します。仮にSさんが遺言で「受遺者Yは遺言者の子Aにつき一生涯その生活の面倒をみること」と書いたとしても、私はこの書き方では「負担の内容」が曖昧ではないかと思います。

 「一生涯その生活の面倒をみること」という遺言では、Aさんの支援の具体的内容について何一つ書かれていません。よくある例として紹介した、受遺者である長男とその母親の場合であれば、親子である両者間には当然扶養義務の履行という法的な支援内容が浮かびます。しかし、子どもAさんとY施設の場合はそういった義務は想定されていないのではないでしょうか。

 しかも、最も大事な負担の「実行性の担保」がまったくありません。障害があるAさんには、Y施設が義務を履行するかどうか監視する能力はないのです。

■義務の履行を代理人が監視

 家族信託は違います。信託条項の中に、これらの大事なことが全て網羅され、Aさんの支援を確実にすることができます。

 最初に、信託の目的として、「Aの一生涯の幸福な生活と最善の福祉を確保する」と定めます。最終的にY施設に渡すことになる財産ですが、まずはしっかりAさんのために使うことをうたいます。

 確かな第三者にSさんの財産を信託譲渡して「金銭は銀行に信託口座を設けて移し、分別管理をする」「その中からAの生活費、医療費、施設利用費等を支払う」と定め、これが生涯継続されるようにします。そして、信託の事務を託された人が不適切な事務処理をしないよう監視監督の仕組みをも取り入れるのです。

 そのために、Aさんには成年後見人だけでなく受益者代理人を指定し、受益者代理人がAさんに替わって代弁し、義務の履行を監視します。もし事務管理を託された者に不明瞭な事務処理があれば、その者の更迭もできます。

 このように、保護を要する人に対して民法法理ではできないような確実な支援を実現できる制度は、家族信託だけではないでしょうか。

遠藤英嗣(えんどう・えいし) 1971年法務省検事に就任。高松地方検察庁検事正などを歴任し、2004年に退官。05年公証人となり、15年に退官。公証人として作成した遺言公正証書は二千数百件に及ぶ。15年に公証人を退官し弁護士登録。日本成年後見法学会常務理事を務めるほか、野村資産承継研究所研究理事として税務の専門家と連携して、資産の管理・検証などを研究する。主な著書に「増補 新しい家族信託」(日本加除出版)、「高齢者を支える市民・家族による『新しい地域後見人制度』」(同)などがある。

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